息をのむ
岩手県沿岸部へ行ってきました。
一関から笹ノ田峠のループ橋を降りて陸前高田市へ。
矢作川の流域から根こそぎ津波にさらわれています。
かなり海から離れているこんなところまで!
竹駒の合流地点にあったローソン(らしきもの)も
のまれていました。
岩手県で最も被害の大きかった陸前高田市は、
家内の実家から近いこともあり、度々訪れたことがあります。
高田松原海水浴場にも、広田半島にも行きました。
その風景が全くありません。
広田半島の付け根は両側から津波が来て水合いの状態になったようです。
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110329_59.htm
最初に訪れた学校では、赴任したばかりの女性校長先生が
笑顔で迎えてくれました。
いろんな方々が支援物資などを持って来校されているようで
丁寧な応対に恐縮して話を聞いていると、
「これでも片付いた方ですよ」
「運動場も水につかったので花を植えるには土を変えないと」
「わたしは高田の出身なので最後の2年を地元で働きたいと
希望を出したのでかなえてくれたようです」
「・・・先生のご自宅は大丈夫だったのでしょうか?」
「すべて流されました。家族もいなくなって私はひとりぼっちになりました。」
「・・・。」
返す言葉が出てきませんでした。
「陸前高田市の市民会館に逃げ込んだのにみんなのまれました。」
とても明るい笑顔で話を続けた校長先生に決意と深い悲しみを感じました。
陸前高田市の復興は始まっています。
すばらしいページを教育委員会が立ち上げていました。
http://www1.iwate-school.jp/rikuzen/takata/
ほかにも、子どもを迎えに来た母親に引き渡したために犠牲にしてしまったという校長先生。
インフルエンザで学級閉鎖したために自宅にいて犠牲にしてしまったという校長先生。
山田町の学校へ向かう道にはがれきの山が張り出していました。
自衛隊の一番の仕事は路上のがれきを撤去して道を通れるようにすること。
どれほど大変な作業だったか想像できます。
スクラップ状態の家の壁には「撤去してください」「コワスナ」などと
赤のスプレーペンキで書かれています。
こんな道を子どもたちは学校へ向かって歩いているのです。
支援のために動いている車はとても紳士的で、
誰もが道を譲ってくれます。
「ありがとう」と言っているようにニコッと会釈してくれます。
「息をのむ」という言葉は「美しい景色を見て息をのむ」というように
使われると辞書には出ています。
わたしは被災地の景色を見て息をのみました。
「すげー」「うわっ」といった感嘆する言葉も
出てこない状態になってしまったのです。
本当に息をのみました。
何度も校長先生の前で涙がこぼれそうになりました。
3日間の行程でしたがとても疲労困憊してしましました。
それでも、エネルギーをもらった気がします。



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