日記・コラム・つぶやき

梅酒

今年も梅酒をつけました。
今年は初めて自宅の梅を使いました。
自宅を建てたときに植えたので7年目になる梅です。
南高梅です。
30粒ほど生りました。

Dsc_0066

ブランデー3と白ワイン1の割合です。
ここ2年は赤ワインで漬けていたので、
久しぶりのあっさり系です。
秋口にできましたら、報告します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

桜通り

国立には大学通りという桜の名所があります。
この週末に満開に近くなり人出も多く、賑わいました。

Dsc_0014
大学通りと交差する桜通りが国立市民のメッカ。
隣接する公園では桜祭りが開かれます。
国分寺市民のわたしはいつもここを車で通るだけ。

西国分寺の史跡通り公園の桜を息子と愛でました。
Dsc_0012

ちょうど、1歳半となった顔は、赤ちゃんから子どもに変わるところ。
歩くから走るになりそうなスピードで近づいてきました。

Dsc_0009

| | コメント (0) | トラックバック (0)

彼岸の雲

20日は新宿のオペラシティーで仕事でした。
32階の窓の外を見ると南の方に前線の雲がぽっかり。
朝からの嵐が南へ押し出されたようでした。

090320_161813

| | コメント (0) | トラックバック (0)

庭の花

クロッカスが咲きました。

水栽培でも育つのですが、直接地面に植えると小さい花壇にぴったりです。

Dsc_0030


水仙もチューリップも花芽が出てきません。

Dsc_0032

さしずめ森下家の春告げ花です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

眼鏡

とうとう眼鏡をつくりました。
イベントのスクリーンが読めなくなって、
車の運転が不安になって、
新聞の文字がかすんできました。
そう、遠近両用めがねです。
まだ、階段を降りるのが怖いし、車の運転も不安です。
慣れるようになったら似合うようになるのでしょうか。
年男の憂鬱です。

Photo_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

同窓会

4年に1回の中学校の同窓会が今日、開かれています。
今年は帰省できなかったので不参加となってしまいました。
多くの同級生が集うということは、中年になった我々にとって元気をもらい合う機会です。
中学校のときには連帯感など感じたことはなかったのですが、
残りの人生の方が短くなると一時期に同じ水を飲んだ仲間がとても恋しくなります。
一人でも多くの同級生が元気で活躍してくれることを祈りにこれから近くの神社へいってきます。
同級生のみなさん今年もよろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Basketball

今年も健保のバスケットボール大会に出場しました。

毎年、昨年よりも体力が落ちないようにと身体の調整はしているつもりでした。

でも、やっぱり落ちています。取れるボールが取れないし、速攻を追いかけられない。

緒戦は取りましたが、昨年の優勝チームとの2回戦は一方的な試合でした。

ただただ相手のスピードに翻弄されてしまい、自分たちの攻撃は個人技まかせ。

でも、不思議なことに相手の力に自分たちの力を伸ばしてもらっている気がしました。

北京オリンピックのバスケ決勝で、何度も追いつきそうになりながら

NBAオールスターに跳ね返されたスペインチームが、

試合毎に強くなってきたことを思い出しました。

強い相手と戦うことが自分たちの力を伸ばすのです。

来年こそは体力の衰えを進化に変えて挑みたいと思います。basketball

| | コメント (0) | トラックバック (0)

運転中止

北陸に出張しました。

24日の朝から強風のため「はくたか」が止まっているのがネットで分かっていました。国立駅で詳細を訊いてみると、見事に何も分かりませんでした。ひどいことに、糸魚川に行くルートについて訊ねると大糸線を紹介されました。9時から大糸線で糸魚川へ出ると夕方にしか着きません。旅行で行く格好ではないので、どうにもひどい回答なのですが、JRさんは動じません。

長岡駅で後輩が車で送ってくれることになり、払い戻しをしようとすると、長蛇の列。その場で一人ひとりの切符に対応を考えている様子。明らかにリスクマネージメントができていません。

あの、JR東日本です。こんなに年に何回も同じようなことがあるはずなのに、路線の情報がとれないなんて。ひどい会社です。

荒れた天気には憤りを感じませんが、そのときにどんな対応をしてくれるのか、その場の人たちには怒りを覚えます。

Dvc00144 Dvc00146

| | コメント (0) | トラックバック (0)

阪神淡路大震災の報道

今年も1月17日がやってきました。

5年ほど神戸に住んでいたこともあり、知人も多くいました。震災1週間後に仕事と救済を兼ねて神戸に物資を持って入りました。たった3日間でしたが、あのとき見た光景、話をした知人、一緒に活動した会社の上司や先輩、それに宿泊した奈良との往復(特に大阪神戸間の客船)の中で聞こえてきたボランティアの言葉。一つ一つに新しい発見がありました。

3ヶ月間、震災に対するメッセージ集のプロジェクトを担当し、言葉の力を知ることができました。学校に配布した「励ましのメッセージ」に丁寧な礼状もいただきました。

後になって考えてみると、ボランティア活動を行った人も、被災した人もお互いに力を交換していた気がします。あの3ヶ月は生きることの意味や価値を教えてくれました。

大岡昇平「レイテ戦記」を読んだときに、戦争という人間の極限状態を描くことは、読者の心を根底から揺さぶることができると思いました。

同じように、震災のときの人の状態を伝えることは、受信した人の心を揺さぶる力があると思います。「震災」はまだ終わっていません。元の状態に戻れない人が多くいるからです。続いている「震災」の報道が多く出されることに期待しています。あのときに被災地に入った人たちの多くは、同じ思いで報道記事を読んでいるに違いありません。

9.11よりも、わたしにとっては大きな1.17です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)